ヒトノイロについて
ヒトノイロの由来
昔から十人十色という言葉があるように、10人いれば10通りの個性があるという。
そしてその個性を「人の色」といい、人それぞれの個性に価値がある。しかし、個性そのものが何なのか、案外自分では気づかないもので。
その価値ある個性を最大限に活かし、新しい価値を生み出すサポートをさせていただきたいという想いから「ヒトノイロ」と名付けました。
ヒトノイロをはじめた理由
似合う衣装が分からない
お客様を魅せる衣装が欲しい
衣装とヘアメイクをトータルでサポートしてくれる所を探している
他と差別化できる、お洒落でカッコいい衣装が欲しい
エレガントでゴージャスにアレンジしたい
子供から大人を魅了する、遊び心ある衣装が欲しい
ダンスやミュージカル等激しい動きに対応してくれる衣装が欲しい
世界中の神話や童話の衣装を作ってくれる所を探している
着物をアレンジしたような、日本っぽい和モダンな雰囲気の衣装で、海外からの観光客を動員したい
という人のために、
受賞歴のある舞台衣装家藤野マコと、
頭まわりを具現化してきたアレンジャーeicoがタッグを組み、全身をトータルでお任せいただく事で、舞台やステージ、テレビや映画、雑誌等、表舞台で活躍する人を輝かせるために立ち上げました!
関わる全ての人が、日々笑顔で自分らしく過ごす人生を送るために、誰かの役に立ちながら、
誰かの才能を開花させるためのベースをつくるお手伝いをさせていただければ幸いです。
頭の先からつま先まで、トータルでサポートします!
プロフィール
藤野マコ公式サイト https://macofujino.com
藤野マコ(Maco Fujino)
代表|人物プランナー|舞台衣装家
上田安子服飾専門学校卒業
伊藤熹朔賞新人賞受賞
兵庫県芸術奨励賞受賞
NYブロードウェイで観た『ライオンキング』の舞台に衝撃を受け、
「舞台衣装家になる!」と決めて帰国。
夏目俊二氏の神戸新聞連載コラム最終回記事が目に止まり、
想いを綴った手紙を送った事から、
2004年より舞台衣装家の道を歩み始める。
2007年に伊藤熹朔賞新人賞受賞
2008年兵庫県芸術奨励賞受賞を期に、
舞台衣装の第一人者の元でアシスタントとして従事。
第一線の舞台裏で修行を積んだ経験を経て、
2017年設立劇団しゃれこうべの立ち上げメンバーとして携わっている。
また県立劇団、大学、専門学校にて舞台衣装製作の講義・指導等にも携わる等活動の場を広げている。
※漢字表記:藤野雅胡
他に学んだこと:ヘルスコーチング
インターネットビジネス Webデザイン
藤野マコの略歴
maco’s Biography
システムエンジニアの父の影響で、コンピューター専門学校に入学するも、ファッションへの興味を捨てきれず、卒業後ファッション専門学校に入学。オリジナルの服をつくり始める。
日本でのインターネット誕生を期に「作品集をつくるぞ!」と思い立って、ホームページビルダーでホームページを開設。ポートフォリオを兼ねた、ださ〜〜いホームページをなんとかつくりあげる。この頃から、オリジナル服を作ってはwebサイトにアップする形で創作活動を始める。
離婚後、塞ぎ込んでいた私を見兼ねた幼馴染に誘われてニューヨークを旅することに。
ブロードウェイで『ライオンキング』観劇中、暗闇に一筋の光の道が現れ
「舞台衣装家になる!」と決めて帰国。
帰国後、劇団四季に応募するも、面接官の前で、馬鹿正直に答えて不採用(笑)
落ち込む暇なく次の手を考える中、神戸新聞で掲載されていた演劇コラム最終回が目に止まり、神戸にも衣装に力を入れている劇団があることを知る。
すぐに当時の劇団神戸代表・演出の故夏目俊二氏宛に想いをしたためた手紙を送る。
1週間程経った日の夜、自宅の電話が鳴る。渋い声色の男性!?電話の主が夏目俊二氏と知った私の母は大興奮!母達の世代にとって、俳優夏目俊二は、銀幕スターであり、テレビで主役をつとめる大スターだったのだ。
数日後、元町商店街の”にしむら珈琲”で待ち合わせ。
私の舞台衣装家としての人生が動き始める。
第一線で活躍するプロの舞台美術家が集う、日本舞台美術家協会に所属した年、2つの賞を受賞。
これを期に上京。憧れだった舞台衣装家第一人者の先生の元でアシスタントとして従事。日本で一番集客できる劇団、その他バレエ、オペラの第一線の舞台を経験する。
しかし、何もかも裏目に出る状況が続き、極度のストレスから顔面麻痺の症状が現れ始める。
何のために頑張っているのか、目的を見失い苦しい毎日が続く。
痛みと闘いながら、客がまだ入っていない劇場のロビーで泣きながら横になることも。ギリギリの精神状態で劇団☆⚪︎⚪︎線の舞台での任務を全うし、逃げ出すようにアシスタントをやめる。こんなはずではなかった、人生2度目の挫折。
関西に戻った私を快く迎えてくれた劇団は古巣の劇団神戸。感謝しかない…
劇団のホームページをつくらせてもらい、この頃から、個人向けにオーダーメイドコスチュームの仕事を始めるために、Webサイト制作にも力を入れ始める。
劇団時代の仲間から東京で劇団を立ち上げるので手伝って欲しいとの打診があり快諾。最初に行ったことが、劇団のイメージキャラクターデザインと、Webサイト制作だった。
作品もない、人もいない、あるのは「想い」と「理念」だけ。
今では、その想いに賛同し、集まってくれたメンバー達は、その、想いと理念に惹かれて来たと言ってくれている。
この頃から、本格的に衣装家➕ビジュアル全般の責任を担う様になる。
東京から戻り生計を立てるために、オーダーの受注以外に洋服のリフォーム会社に勤務。お直しの仕事で、舞台衣装のリメイク作業にも大いに役立つ技術を習得。
が、コロナで仕事が激減し自宅待機を余儀なくされた事を期に、職業訓練校でWebデザイン・プログラミングを6ヶ月間学ぶことに。卒業後の就職先は、デザイン会社ではなく、京都西陣の織物会社。いつか携わりたかった伝統工芸の世界。40代半ばコロナ禍の折、正社員として京都で新たな生活を始める。
しかし、この頃から咳が止まらなくなり、気管支喘息発症。夜も眠れず仕事中も発作が続く。
「命を削ってやりたい仕事ですか?」と言う医師の問いかけに、はたと気づき退社。
舞台衣装家の道から離れようとする度に、何故かいつも引き戻されてきた意味を問う。
エンターテイメントの世界で生き、誰かの役に立ちながら
一人でも多くの人を笑顔にする事が私の使命だと気づき、精力的に活動している。
半世紀生きて言えること。
それは、そこそこ頑張っただけのちっぽけな自分が、未来に何を残せるか。
自分と同じようにクリエイティブに生きたい人を全力でサポートすること。
そんな想いで、タレントやアーティストの個性を輝かせるトータルブランディング&サポートのヒトノイロ始めました。
eico
被り物アレンジャー
銀座の某有名エステサロンで店長を任される。
芸能人や経営者などから指名され、
1万人以上のカウンセリングを行なってきた経験をもつ2人の子供がいるシングルマザー。
★2024/10月ロックオペラ「FirstAnthem」ヘア被り物アレンジ衣装製作担当|造顔アレンジ|衣装プランナー藤野マコのデザインをアレンジ具現化。
初作品で伊藤熹朔賞受賞に貢献。
整形メイクに頼らず個性を活かして顔を造形アレンジ。
趣味:バレーボール
eicoの略歴
eico’s Biography
<準備中>